正直者

　銀行のATMに入ったらなにやらピコピコとけたたましい警報が鳴っている。

　見ると紙幣取り出し口が開いたままで中には一万円札が一枚。どうやら前の利用者が取り忘れたようだ。

　とりあえず警報音がうるさいので一万円札を取り出す。

　前の利用者は少し前に出て行ったみたいで、すれ違ったわけでもなく、当然お札に名前が書いてあるわけでもないので本人に届ける術もない。

　はて、どうしたものか…。

　漫画ならここでまず頭上にボワンと悪魔が現れ、「もらっちまえよ！一万円だぜ！一万円あったらアレも買えるしコレも買える。何なら旨いモン食いに行ったっていいじゃねぇか！ほーらそのまま自分の財布に入れちまいな！」と囁き、次に頭上の反対側にボワンと天使が現れて「いけないよそんなことをしちゃ！君はネコババなんてできる奴じゃない！正直に届け出るんだ！」と諭す。あれってどうして決まって天使の方が後から登場するんだろう。

　なんてことを考えながらしばし一万円を手にとったまま立ち尽くす。

　「もらっちまえばいいんだよ！諭吉が拾ってくださいって言ってるぜ！」

　「バカな考えはよすんだ！ここで正直に行動すればきっといいことがあるよ！」

　とりあえず頭の上の悪魔と天使に「騒ぐのはやめて、ビークワでお願いします」と頼んでからATMに備え付けの受話器を取る。

　「はいATMセンターです」

　「あの…かくかくしかじかで一万円札どうしたらいいですか？」

　「かしこまりました。では今からATMの電源を一度落としますので、電源が落ちたら教えて頂けますか？」

　「？？？…はい…、あ、今、明かりが消えました」

　「ありがとうございます。では再起動致しますので電源が入ったら教えて頂けますか？」

　「？？？？？…あ、はい、点きましたね」

　「ありがとうございます。ではお手元のサービス袋(銀行の封筒のこと)にそちらの一万円札を入れて、連絡箱に入れてください」

　と、まぁこんなやり取りがあって、念のため名前と連絡先を尋ねられて、指示通り連絡箱にお金を入れてその場を去りました。

　再起動のくだりは何のためなのかさっぱり解りませんでしたが、それよりお金はちゃんとATM利用履歴なんかから調べて本来の持ち主に帰るんだろうか。例えばその人が10万円おろしたつもりが9万円しか財布に入れてなくて、あれ今月はなんだかお金の減りが早いな、なんてことになってたらかわいそうだな。あ、もしかしてATMの隣の交番に届けてたら一割もらえたのかな？でもATMにお金を忘れた人が交番なんか訪ねないか。

　とまぁ、いろいろなことを考えながらとりあえずベストを尽くした自分へのご褒美にどら焼を買って帰りましたとさ。

　今年は正月早々からケータイ拾って届けたりもしたし…拾い年かな…？