サイトウさん( 仮名)

　自宅の近くにある牛丼屋。

　サイトウさん(仮名)はそこに働きに来ている。

　僕の母とほぼ同世代に見えるその御婦人はおそらくパートタイム勤務なのだろう。

　サイトウさん(仮名)は研修中である。

　ひと月ほど前からお見かけしているのだが未だ研修中と書かれた名札をつけている。

　牛丼屋の研修期間というものが通常どれくらいなのか僕は知らないが、とりあえずサイトウさん(仮名)にはその「研修中」という名札がしっくりきている。

　そう、サイトウさん(仮名)はお世辞にもテキパキしているとは言い難い。ひと月前も、今も。

　当然、牛丼屋のようなファストフード店では機敏な動きが要求される。

　しかしサイトウさん(仮名)はいつまでたっても仕事慣れした感が現れず、今日ももたもたしている。しかしご本人が一生懸命なのは表情を見ていれば分かる。極めて真剣だ。

　でもどうしてももたつくので周りの若いバイトの子や他のパートのおばちゃん達にしょっちゅう注意を受ける。それも若干トゲのある口調で。サイトウさん(仮名)はそのたびに謝りながら仕事をしている。

　周りで働く人達の気持ちも分かる。一緒に働いている者の立場からすればそんなサイトウさん(仮名)にイラッともくるだろう。

　しかしサイトウさん(仮名)は一生懸命だ。


　僕はいつも牛丼を食べながら心の中で「がんばれサイトウさん(仮名)！」とエールを送っている。

　そして帰り際には出来る限りの笑顔をサイトウさん(仮名)に向けて「ごちそうさまでした！」と声をかける。

　しかしサイトウさん(仮名)には店を出る客の顔を見る余裕など無い。やはりあわあわと仕事を続けながら決まり台詞としての「ありがとうございました」を言う。

　必死に働くサイトウさん(仮名)に対して僕ができることは何もない。ただ笑顔で「ごちそうさま」を言う以外には。

　サイトウさん(仮名)は今日も周りに叱られながら一生懸命働いている。



　どうか頑張ってください、サイトウさん(仮名)。